STORY

警察官だった僕が目指したフォトグラファーの世界

大らかな印象で抜群の安心感をかもし出す山田忠英さん。実は彼、元警察官という異例のキャリアを持ったフォトグラファーなのだ。警察官としての安定やキャリアを手放しても目指したかったフォトグラファーの魅力とは……!? カメラが大好きだと語る山田さんに、その思いの丈を打ち明けてもらった。

シャッターを切った時に伝わる振動が最高だと思った!!

Qカメラとの出会いについて教えてください。

初めてカメラを見た記憶は、3歳くらいだったと思います。両親は本格的なカメラを持つようなタイプではなく、里帰りしたときに、祖父のカメラを触らせてもらったというのが思い出になっています。

ファインダーをのぞいてみて、カチャカチャとシャッターを切って遊ぶのが大好きでした。もちろん、フィルムカメラはデジカメのように無限には撮れないですから……、写真を撮って遊ぶのではなく、空シャッターを切って遊んでいました(笑)

Qそんな小さな頃から!? カメラのどんなところが楽しかったのでしょうか??

おもちゃよりも本物の機械を触ることが好きな子どもだったので、カメラを操作するというワクワクが大きかったと思います。フィルムを巻き上げて、レバーを回して、ファインダーを覗いてピントを合わせてシャッターを切るという一連の動作が大好きでした。特に振動! 手に伝わってくる振動がたまらなくカッコ良かったです。

少年時代にはスナップ写真を撮るようになって、鉄道写真を撮ったり、近所の海岸へ出掛けて夕焼けを撮影したり、好きなものを撮っていました。中学生になる頃には自分のカメラが欲しいと思うようになったので、両親に相談して高校の合格祝いに一眼レフを買ってもらったんです(笑) 高校合格よりもうれしかったという記憶があります。

撮影では大失敗をしたこともありますが、現像してみないとどんな写真が撮れたか分からないというのも魅力でした!!

Q高校合格で一眼レフ!! それは思い出に残るプレゼントになりましたね。

両親には感謝しかありません。その後は、家族で出掛ける時には僕のカメラが一緒でした。特に、弟の陸上大会の応援に行く時は、遠方の会場まで家族でドライブして、試合を撮影するのが恒例になりました。

試合の写真は、弟からも両親からも喜んでもらえて、僕自身もうれしかったです。自己満足の写真ではなく、誰かに喜んでもらえる写真を撮りたいなと思うようになったのもこの頃です。

Qそれからずっと写真一筋だったんでしょうか??

高校では写真部に入部しました。部員は数名でしたが、自分たちで撮影した写真を暗室で現像するところまでやっていました。高校3年生になると、撮影も現像も後輩に指導するところまで技術を身につけなければいけませんから、それなりに頑張っていたと思います。

仲間がいたことも心強くて、あーでもないこーでもないと言いながら、カメラ談義をしたことも良い思い出です。

Q写真と共に過ごした青春ですね!!

実は、高校3年生の時に応募した高文連のコンテストで、県の特選に選ばれたんです。シャッターを開けたままで撮影する”バルブ撮影”にチャレンジして、夜空に咲き誇る花火の写真を撮りました。最高の一枚が撮れたと思います。これをきっかけに、福岡市内の大学の芸術学部写真学科に推薦入学することが決まりました。

Q将来も写真の道へ進む準備ということでしょうか。

在学中は「報道写真」を専攻して、将来は新聞社やテレビ局など、報道を専門にするフォトグラファーになることを目指していました。

アート作品とは違って、目の前で起こっている「事実」を撮影する報道写真の魅力に惹かれていたんです。

しかし、就職活動のタイミングでバブルが崩壊…新規採用予定が無い企業がほとんどで、試験を受けることすらできず、先の見えない状況に不安を抱えていました。

そんな中、大学の卒業制作活動で雲仙・普賢岳での噴火災害と復興をテーマに取材を行い、長崎県警や消防、自衛隊の皆さんの活動を拝見する機会が増えてきて、「命懸けで人のために働く仕事」の尊さを目の当たりにしました。これがきっかけとなり、卒業後は警察官を目指すことにしました。

40歳になった僕が、警察官からフォトグラファーを目指した理由

Qなんと!! フォトグラファーではなく、警察官を目指すことになったんですね!?

当時は警察官採用試験というのも難関で、一度目の受験は残念ながら不合格でしたが、二度目の試験で無事に合格。適性検査なんかもあるので、マラソンや筋トレで体力をつけるなど、自分なりに万全を期した状態で臨みました。

合格後、まずは警察学校に入るんですが、写真の学科を卒業しているという理由で、クラスの写真撮影を任されることもありました!! 僕の撮った写真も卒業アルバムに使われています。

Qその後、警察官からフォトグラファーに転身された背景を教えてください。

警察学校を卒業してからは、交番勤務や管区機動隊、交通機動隊などで勤務しました。白バイやパトカーにも乗っていたんですよ!! 現場の最前線で働けることに誇りを持っていましたし、やりがいのある仕事でした。

所属していた部署でも広報紙に載せるような写真の撮影を任せてもらうこともあって、充実した日々を過ごしていました。最高の職場だったと思います。

20年間ほど勤めましたが、40歳ごろに体調を崩したことでデスク仕事がメインになってしまって…警察官としてのモチベーションを保つことができなくなってしまったというのがきっかけです。

Q働く環境というのは、心のモチベーションに大きな影響を与えますよね。キャリアチェンジについては前向きに考えられたのでしょうか。

結婚していて、妻も子どももいます。長く勤めた警察を辞めるというのはあまりに大きな決断で、家族の反応が一番の心配でした。でも、誰よりも背中を押してくれたのが妻でした。

朝の出勤時に辛い表情をしているのを見ていたのか、妻が「好きな仕事をした方が良いよ」と背中を押してくれて。好きな道を選ぶなら、カメラしかないと思いました。妻のサポートのおかげで、自信を持って次の道へ進むことができました。

Qステキな奥様ですね。とはいえ、”安定”のある生活からの変化。大変なことも多かったのではないでしょうか。

妻は保育士なんですが、僕のサポートのために正職員として働いて家計も助けてくれました。

写真業界での経験もないまま40代での再スタートですから、フォトグラファーとしてどう働いていくのかということは悩みました。フリーランスのフォトグラファーとして開業届を税務署に提出したときは、身が引き締まる思いでした。依頼があればジャンルを問わず色々な現場を経験して、そこで出会ったフォトグラファーの先輩たちの背中を見ながら学んでいきました。

Qスクールフォトとの出会いを教えてください。

弟のつながりで陸上関係の撮影を担当することも多く、スポーツ写真を依頼されることが増えましたが、スポーツの撮影となると、主に土日祝日がメイン。そこで興味を持ったのが、平日に働くことのできるスクールフォトの分野です。お付き合いのあったフォトグラファーさんから卒業アルバムの仕事を紹介していただきました。これがスクールフォトとの出会いです。

スクールフォト=宝さがし!? 最強アドバイザーは保育士の「妻」だった

Qスクールフォトの魅力を教えてください。

スクールフォトって、まるで「宝さがし」なんです。僕にとってはそれが最大の魅力です。

例えば、普段あまり表情を変えないような子が、いきいきしていたり、輝いたりしている瞬間に出会えると「これだーーーーー!!!」とうれしくなります。保護者や先生からは、「この子、こんな表情するの?」なんて感想が出るくらいです。そんな最高の瞬間に出会えると、まるで「宝物」に出会ったような気持ちになります。

ご家庭でも見たことがないような表情を見つけて記録することができれば、写真の力を通じて、お子さんの園での様子を保護者にお届けすることができます。これこそ我々スクールフォトグラファーの使命だと思います

Qまるで「宝さがし」のようなお仕事。自分にしか見つけられない瞬間というのは特別感がありますね。現場で大切にしていることはありますか??

「親目線」とでも言うのでしょうか、保護者ならどんなシーンが欲しいかな?ということを大切にしています。

僕にも子育て経験がありますから、大切なお子さんを園へ送り届けた後の保護者たちが、どんな心配を抱えているのか手に取るようにわかります。「うちの子はちゃんと友だちを作れているのかな?」「園生活に馴染めているのかな?」など、気になることはたくさんあるはず。

写真というツールがあることで、園の中でどんなことが起きていたのか知ってもらえるきっかけになると思っています。

時には、親目線になり過ぎてしまって、卒園式や発表会では涙が出そうになることもあるんですけどね(笑) そのくらい、何度も足を運んでいる園のお子さんたちには思い入れがある証拠。子どもたちの成長を見守れるなんて、幸せな仕事だなと思います。

Qそうはいっても現場で難しいなと感じることはありませんか??

赤ちゃんは泣き出したら止まらないですし、子どもたちは予測できないことばかりをします。こちらが慌ててしまっては大事なシャッターチャンスを逃してしまう……一瞬の記録を任されたフォトグラファーにとっては、子どもたちの生態を知らないというのは致命的なんです。

ただ、僕が恵まれているのは、妻がベテラン保育士だということ。0歳児から5歳児までの成長過程を誰よりも知っているプロですから、各年齢の子どもたちがどんなことに好奇心を持っていて、どんなことを恐怖に感じているかを教えてくれました。

赤ちゃんに泣かれちゃったという相談をしたときなんか、「いきなり入っていったら節分の鬼と一緒なんだから!!」と言われてハッとなりました(笑) アドバイスをもらってからは、はじめは廊下や外から撮影して徐々に距離を詰めていくなど工夫していて、赤ちゃんたちの自然な姿を撮れるようになりました。

Q奥様が最強のアドバイザーですね!! ちなみに……警察官だったことが活かされることもありますか??

あると思います!! 例えば、今を捉える判断力と洞察力。写真は瞬間を撮るものだからこそ、目の前で何が起こっているのかを瞬時に把握する力が必要になります。交通取り締まりの違反の瞬間など、明確にパッと見たものを判断して捕まえるという能力が必要だったので、そういった能力は自然と身についているのだと思います。

いつか妻と二人で「日本一周ドライブ」を実現させたい!!

Qリンクエイジには「すべての愛を力に変える」というミッションがありますが、山田さんの考える「愛」について教えてください。

とにかく、子どもたちをやさしい目線で撮影してあげたいなと思っています。子どもたちを「かわいい」と思ったり、その場を「楽しい」と思ったりして撮影すると、そういった空気感が写真にも残ります。僕は「愛」というのも同じだと思うんです。僕たちフォトグラファーが愛のある優しい目線で写真を撮ると、愛のある写真になるはず。間接的なことかもしれませんが、愛を感じてもらえるはずだと信じています。

そのためにも、その日その日の出会いを大切にしてお子さんたちとの時間を過ごしています。

Qこれからチャレンジしてみたいことがあれば教えてください!!

体が動く限り、生涯現役フォトグラファーとして活躍していきたいです。フォトグラファーとしては12年目。自分の撮影スタイルは確立されてきましたが、撮影技法にとらわれることなく、新しい撮影手法にもチャレンジしていきたいなと思います。

それから……、妻への恩返しもしたいので、二人で過ごす時間も大事にしたいです。二人とも旅行が好きなので、キャンピングカーで日本一周なんかもいいですね。おじいちゃん、おばあちゃんになっても、元気に仲良く連れ添っていたいです。

人々の安全と街の治安を守り抜く警察官、子どもたちの一瞬を記録するスクールフォトグラファー、似ても似つかぬ仕事だが、それぞれ目指すところは同じ。

「誰かの幸せのために」、そう願う山田さんの思いが今日も周囲を笑顔にしていく。

Interviewee by Tadahide Yamada

Interview, Text by Miya Ando
miya_ando

Photo by Haruna Morimoto

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