柔らかい笑顔の中で、時折おどけたような表情を見せてくれるのは、フォトグラファー・服部 喜一郎さん、53歳。吸い込まれるような魅力を持つ彼なのだが、若き日の彼が目指したもの、それは”アイドル”だった。アイドルを目指した少年が、なぜフォトグラファーという仕事に出会ったのか。その理由を語ってくれた。
僕が見つけた「アイドル×フォトグラファー」の共通点
僕とカメラとの出会いはというと…他のフォトグラファーの皆さんとは少し違っているかもしれません。
よく聞くフォトグラファーさんのエピソードって、「撮影する」ことに興味を持つといったものが多いと思うのですが、僕はそうではなかったのです。
むしろ、「撮られること」がカメラとの出会いでした。
僕は13歳の頃から、歌って踊れるアイドルを目指していたんです。
大手芸能プロダクションが運営する“スクールメイツ”という芸能グループの一員として、歌やダンスのお稽古に励んでいました。地方で何かイベントがあると、ステージの上に立たせてもらっていました。当時ヒットしていたアイドルの曲を披露したりして、歌って踊る僕の後ろにはバックダンサーもいたんですよ?! 信じられない光景ですよね。
そんな活動をしていたものですから、宣材写真を撮ってもらったり、取材を受けたりすることもあって、写真を撮ってもらうという環境に自然と慣れていたように思います。
まさか、撮る側になるなんて思ってもいませんでしたけどね(笑)
きっかけは、小学生の頃まで遡ります。当時の担任の先生が毎朝ギターで弾き歌いをしてくれたんです。メインはフォークソングでしたが、みんなで歌うのは本当に楽しかった‼︎この経験のおかげで、歌が大好きになりました。
それから、当時はテレビの歌番組がたくさんありました。母も歌が大好きで、よく一緒にテレビを観ていたんです。アイドルもたくさん出演していて、キラキラした姿にとても憧れていたので、歌って踊れるアイドルを目指すようになりました。
20歳を過ぎた頃から、歌って踊るアイドルという仕事に対して、恥ずかしさや迷いみたいなものが芽生えてきたんです。アーティストのように本格的な歌手という立場でもないですし、年齢的にも、このままアイドルの路線を歩んでいくのは現実的ではないなと思いました。
それで、少しの間、所属していた事務所のマネージャーとして裏方の業務に携わらせてもらったんですが、自らの意思で降りたステージだというのに、そのステージを支える裏方の仕事の中に、「居場所がないな」と思うようになったんです。
そこからでしょうか、何か他のことにも挑戦してみたいなと思うようになりました。
今でも、なぜ写真の世界を選んだのかと聞かれると、自分でも明確な回答が思い浮かばないのですが…
当時の年齢は26歳。芸能以外の仕事にもいくつか挑戦したけど、どの仕事もしっくりとこなくて。とにかく、他人とは違う何かに挑戦してみたかったんです。
そう思っていた時に、採用募集の広告に書かれていた「未経験OK」という文字が目に留まったんです。直感だけを信じて、「フォトグラファー」という仕事を選びました。
カメラを持った経験もなければ、機材もない。本当に何もない未経験でしたが、何社か面接を受けさせていただいて、結婚式場の写真館に採用していただくことが決まりました。
採用が決まってからは、さすがに勉強をしなければと思って、カメラを買ったり、写真の講座の本などを買って勉強したりしました。
今まで撮られる経験はありましたが、撮る側は初めて。立場が逆転したわけです。結婚式場で経験を積みながら、どんどんカメラの魅力に引き寄せられていきました。
それからはフォトグラファーとして、もう少しステップアップをしていきたいなと思うようになったので、雑誌の出版社に転職したりして。ここでの仕事が私のフォトグラファーとしての人生を大きく変えてくれました。
僕は、“アイドル”と“フォトグラファー”の仕事に、なんだか“共通点”みたいなものを感じています。そこがフォトグラファーという仕事に引き寄せられた理由です。
というのも、フォトグラファーとして撮影をするとき、ステージの上にいた頃の自分と似たような感覚になることがあるからです。
ステージのパフォーマンス次第でお客さんの反応が違ったりして、イベントの完成度が異なってしまうのと同じように、フォトグラファーのパフォーマンス次第で、撮られる人の表情やコンディションまで変わってきてしまう。
言い換えれば、フォトグラファーのコミュニケーション次第で、撮れる写真が変わってくるということです。
全く違った職業のように見えますが、どちらも魅力的で、自分の性に合った仕事だなと感じています。
「良い写真」は相手が決めるもの
僕の「こだわり」がないのではなくて「喜ぶものを撮りたい」
今はフリーランスのフォトグラファーとして色々な分野の撮影をさせていただいていますが、プライベートで子どもたちの写真を撮影したことをきっかけに、子どもの撮影にやりがいを感じて、友人にリンクエイジを紹介してもらいました。
コミュニケーションを取りながら相手の表情を作り上げていくような大人相手の撮影とは違って、子どもたちは全く予測不能で…喜怒哀楽もそのまま出ちゃっていますから(笑) こちらの思い通りにはいかないというのも面白いポイントだなと思っています。
子どもたちには安心してもらいたいので、“同じ目線”でいることを心掛けています。とはいえ、距離が近すぎてもうまくいかないので、そこは難しいなと思う点です。距離が近くなるというのは、子どもたちが心を開いてくれているようにも見えますが、保育の邪魔になってしまう可能性もあります。そうすると、なかなか自然体の写真が撮れなくなってしまいます。
そういう意味でも、「その辺にいていいよ〜」くらいで受け入れてもらえている距離感がベストかなと思います。
魅力はなんと言っても「癒し」です。撮影時だけでなく、写真のチェックをしている時も、子どもたちの純粋な表情を見ていると、こちらの表情も緩んじゃって、優しい気持ちになります。
子どもたちって、本当に正直だから、楽しければ笑うけど、楽しくなければ笑わない。自分の気持ちに素直だからこそ、嘘はつけないですよね。子どもたちの表情が良いということは、それだけ安心した環境で過ごしているということですから、何よりもホッとします。
僕は写真を撮ることが好きでフォトグラファーになったわけではないから、自分の中で「こう撮りたい」という強いこだわりがないんです。
フォトグラファーなのにそんな人がいるの? なんて怒られちゃうかもしれませんが、僕はその感覚も大事だなと思っているんです。
だって、“良い写真”って、僕が決めるわけじゃないですから。スクールフォトでいえば、写真を手にしたご家族やお子さん本人が「この写真いいね〜」と喜んでくれたら十分。それに尽きると思うんです。
もちろん、構図だったり、明るさだったり、テクニカルな部分で気にしないといけないこともあるかもしれませんが、それは1番ではないなと思っています。僕が良いと思った写真を撮るのではなくて、「どんな写真が喜ばれるかな?」と想像しながら撮影することを大事にしています。
相手の態度こそ「愛のバロメーター」心の通い合いでみんなを笑顔に‼︎
これは本当に難しい。
「Love は Love、Hate は Hateで返ってくる」という言葉を聞いたことがあって、愛について考えたときに、この言葉が頭に浮かびました。
笑顔で接すると、相手も笑顔になるのと同じで、きっと、僕が人に対してイライラしてしまうようなことがあれば、相手もきっと同じ気持ちだということを肝に銘じています。
撮影という現場では、そういった心の通い合いが大切になりますから。
そういう意味では、相手の反応や様子が自分自身の愛のバロメーターになっています。愛が足りていたかな? とか、思いやりが足りていたかな? なんてことを振り返りながら、相手を受け止めるようにしています。
20代後半から手にしたカメラでしたが、今は50代にもなって、この仕事が大好きだと思えるようになりました。今は写真以外のことは考えられないし、かけがえのない大切なものです。
僕がそう思えるようになったのも、全てはお客様のおかげ。「すごくいい写真だね」と喜んでもらったり、家族写真を撮ってほしいとリクエストしてもらえたり、そうやってフォトグラファーとしての自分が必要とされていく中で、この仕事が大好きになりました。
カメラが大切な人たちとの出会いや絆を作ってくれて、これはもうお金には変えられない宝物です。60代、70代になってもフォトグラファーを続けていきたいので、まずは健康には気をつけていきます‼︎
それから、いつか「笑顔の写真展」を開催したいなと思っています‼︎ 子どもたちの笑顔だけでなく、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、いろんな人の笑顔の写真を集めた写真展。写真を見てくださった方を笑顔にしたい、これが僕の目標です‼︎
彼の撮る写真にとびきりの笑顔が写るのは、その“アイドル魂”で「誰かに喜ばれる仕事」を追求しているからだろう
“アイドル”を目指して駆け抜けた青春時代
世間から見れば少し風変わりな人生だったのかもしれないが、積み上げてきたものに何一つ無駄なものはなく、むしろ、今の彼にとって宝物になっていると言っても過言ではない
Interviewee by Kiichiro Hattori
https://pure-photo.jp/
Interview, Text by Miya Ando
miya_ando
Photo by Haruna Morimoto